そりゃあ、生きているといろんなことがあります。でも、誰かを憎んだり、恨んだり、蔑んだところでもどうにもなりません。 憎まず、嫌わず、蔑まず! 今日も、笑顔いっぱい元気いっぱい夢いっぱい、頑張りましょう!
2011年4月13日水曜日
#252 弟をひっぱってかけ出した!
おはよがんす、まめでらしか~?
秋田は気温10.3 ℃、南西の風、風速 8.4m/s、
湿度60%、気圧 1008.9hPa、
少し風が強いのですが、曇り空の温かい朝を迎えました。
アスファルトの割れ目から、
小さな春が顔を出し、花をつけていました。
仙台市の桜も咲いたというニュースがありましたし、
もうすぐ、
東北にも春が来るようです。
さて、
昨日の続きですが、
もう一人の子どもの作文を紹介しましょう。
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僕は寝ていた。
ガタガタと家が動く音に目をさまして、あたりを見た。
真暗なので、なにも見えない。
いつもの地震では電灯は消えないのに、と思いました。
僕は、なにか恐ろしいことが起るのではないかと思って、
はね起きて服を着た。
またガタガタと家が動く。ますます恐ろしくなった。
一番上の兄さんが、
寝巻を着たまま神棚にあるローソクに火をつけて持ってきた。
あたりが、急に明るくなった。
兄さんは「こら、皆起きて服を着ろ」と言った。
弟と兄さんもはね起きて、服を着た。
「そのまま床に入ってろ」と、兄さんは表へ出て行った。
まだ地震はやまない。
僕たちが床に入っていると、あわただしく戻ってきて、
「津波だ、山さ逃げろ」と言った。
僕たちは服を着ていたので、
床から起きるとすぐ靴をはいて表に出た。
まさか津波が、と思いながら走った。
橋の所に来ると、人がたくさんいた。
横を向くと兄さんが見えない。
それでも、弟をひっぱってかけ出した。
里の方で「助けてくれ、助けてくれ」という声が聞こえた。
(中略)
坊主山のてっぺんでたき火にあたりに行くと、
弟も兄さんも来た。
誰も死なないので安心した。
(中略)
「お前たちはよく助かったなあ」と言って、
父は涙をためていた。
父は、背中から餅をたくさん出してくれた。
食べながら津波の話を父に教えた。
父は、涙をためて聞いていた。
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東北の沿岸部の地域の人たちは、
このような大きな津波を、
明治29年の大津波、
昭和8年の大津波、
そして、
昭和35年のチリ地震津波と
3回経験したことが記録に残っている。
そのたびに、
壊滅的な被害を受けながら、逞しく復興してきた。
がんばろう日本!
がんばろう東北!
がんばろう子どもたち!
今日も
笑顔いっぱい元気いっぱい夢いっぱい頑張りましょう!
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