「奥州曙光」

「奥州曙光」
【壁紙】第85回全国花火競技大会 大会提供花火

2011年3月25日金曜日

#240 がんばろう東北!
















おはよがんす、まめでらしか~?

秋田は気温-2.3 ℃、東南東の風、風速 2.9m/s、
湿度 87%、気圧 1020.1hPa、晴れの朝を迎えました。

昨日のアメリカ在住のゴキ絵美(ママ)さんのブログに、
コロラド州ボルダーにおいても、
東北地震チャリティイベントが開催されるというお知らせがありました。










http://ameblo.jp/gokiemi/entry-10839070949.html

本当に有り難いです。
このように、世界中から励ましが届いています。



被災地では、
一瞬のうちに、すべてを破壊され、すべてを津波にさらわれました。
全校児童108人、教職員13人のうち、
7割が未だに行方不明という学校があります。
英語指導に来日していたALTが遺体で発見された学校があります。
校長と教師が避難所を回って卒業証書を手渡した学校があります。
図書室で卒業の会を行った学校があります。
全ての教室が避難所や救護所になっている学校があります。
卒業式や修了式のできない学校があります。
体育館に多くの遺体が安置されている学校があります。

それでも、瓦礫の山を呆然と見つめながら、
地獄絵図のような絶望の淵から這い上がろうとしています。
「誰かにやってもらうのでなく、自分たちで再建しなければ意味がない」
そういう決意で復興への気力を振り絞っています。

今、
全国から、
そして世界から、
温かい心が届けられておりますことに感謝し、
支援物資だけでなく、
勇気と希望もいただいております。

まだまだ十分とは言えないまでも、
物流が少しずつ回復し、
燃料や食料・医療品が入ってきている状況です。

大人は子どもたちの今のために、
子どもたちの将来のために、
そして、
子どもたちは大人の手助けになろうと、
自分にできることを一生懸命に頑張っております。

子どもたちの笑顔を希望として東北の底力を!
がんばろう日本!
がんばろう東北!

2011年3月24日木曜日

#239 被災地の子どもたちに、新年度の教科書を!





























おはよがんす、まめでらしか~?

秋田は気温-1.4 ℃、東南東の風、風速 4m/s、
湿度89%、気圧 1019.0hPa、曇り、
朝方の雪がうっすらと屋根や樹木を飾っているような、
そんな朝を迎えました。


小・中学校の新年度用の教科書についての続報です。
業者から学校に配布される前に
今回の東日本大震災の地震と津波によって、
無くなってしまったところがあるようです。
その数は、全体で67万冊を超えるということです。
ところが、
印刷に必要な紙もインクも、震災で工場ごと被災してしまい、
紙やインクの確保に苦労している状況だと伺いました。

新学期まで残り3週間あまりですが、
何とかして、
被災地の子どもたちに教科書を!
祈りにも似た気持ちで願っています。


教科書会社の各社のみなさんも必死になってくれています。
このブログを読まれました中に、
関係者がおりましたらよろしくお願いいたします。
また、
知人に関係者がおりましたら、
ご協力をお願いしていただきたいと思います。


真新しい教科書を手にすると、
子どもたちのつぶらな瞳が輝きます。
顔中に笑顔が溢れます。
そして、
その子どもたちの笑顔こそ被災地の希望です。
その日が、
一日でも早く訪れますことを祈っています。


今日は少し寒さが戻り、
東北は夕方から雪や冷たい雨になりそうですが、
笑顔いっぱい元気いっぱい夢いっぱい頑張りましょう!

2011年3月23日水曜日

#239 津波の教訓・・・「稲むらの火」
















おはよがんす、まめでらしか~?
秋田は気温0.9℃、北西の風、風速 4m/s、
湿度54%、気圧 1018.0hPa、陽射しの中に小雪が舞う天候です。

島国日本にとって、
津波の恐ろしさは昔から言い伝えられて来ました。
中でも有名な話が「稲むらの火」と言われています。
それはこんな話です。



 「これはただ事ではない」とつぶやきながら五兵衛は家から出てきた。今の地震は別に烈しいという程のものではなかった。しかし長いゆったりとしたゆれ方と、うなるような地鳴りとは、老いた五兵衛に今まで経験したことのない不気味なものであった。五兵衛は、自分の庭から心配げに下の村を見下ろした。村では、豊年を祝うよい祭りの支度に心を取られて、さっきの地震には一向気がつかないようである。村から海へ移した五兵衛の目は、たちまちそこに吸い付けられてしまった。風とは反対に波が沖へ沖へと動いて、見る見る海岸には、広い砂原や黒い岩底が現れて来た。「大変だ、津波がやって来るに違いない」と、五兵衛は思った。このままにしておいたら四百の命が、村もろとも一飲みにやられてしまう。もう一刻も猶予はできない。


 「よし」と叫んで、家にかけ込んだ五兵衛は、大きなたいまつを持って飛び出してきた。そこには取り入れるばかりになっているたくさんの稲束が積んである。「もったいないが、これで村中の命が救えるのだ」と五兵衛は、いきなりその稲むらの一つに火を移した。風にあふられて、火の手がぱっと上がった。一つ又一つ、五兵衛は夢中で走った。こうして自分の田のすべての稲むらに火をつけてしまうと、たいまつを捨てた。まるで失神したように、彼はそこに突っ立ったまま沖の方を眺めていた。


 日はすでに没して、あたりがだんだん薄暗くなってきた。稲むらの火は天をこがした。山寺では、この火を見て早鐘をつき出した。「火事だ、庄屋さんの家だ」と村の若い者は、急いで山手へかけ出した。続いて、老人も、女も、子供も、若者の後を追うようにかけ出した。高台から見下ろしている五兵衛の目には、それがアリの歩みのように、もどかしく思われた。やっと20人ほどの若者がかけ上って来た。彼らはすぐ火を消しにかかろうとする。五兵衛は大声で言った。「うっちゃっておけ、大変だ、村中の人に来てもらうんだ」村中の人はおいおい集まってきた。五兵衛は、後から後から上ってくる老幼男女を一人一人数えた。集まって来た人々は、燃えている稲むらと五兵衛の顔とをかわるがわる見くらべた。その時、五兵衛は力一杯の声で叫んだ。「見ろ、やって来たぞ」


 たそがれの薄明かりをすかして、五兵衛の指さす方を一同は見た。遠く海の端に、細い、暗い、一筋の線が見えた。その線は見る見る太くなった。広くなった。非常な早さで押し寄せて来た。「津波だ。」と、誰かが叫んだ。海水が絶壁のように目の前に迫ったと思うと、山がのしかかってきたような重さと、百雷の一時に落ちたようなとどろきとをもって陸にぶつかった。人々は我を忘れて後ろへ飛びのいた。雲のように山手へ突進して来た水煙の外は、一時何も見えなかった。人々は、自分等の村の上を荒れ狂って通る白い恐ろしい海を見た。2度3度、村の上を海は進み又退いた。高台では、しばらく何の話し声もなかった。一同は波にえぐり取られてあとかたもなくなった村を、ただあきれて見下ろしていた。稲むらの火は、風にあふられて又もえ上がり、夕やみに包まれたあたりを明るくした。始めて我にかえった村人は、この火によって救われたのだと気がつくと、無言のまま五兵衛の前にひざまづいてしまった。


戦前の国語教科書の「稲むらの火」という一文です。
津波の恐ろしさに対する教訓ですが、
震災対応や原発対応にイライラしながら、
五兵衛の危機管理能力がいま求められている
と感じるのは私だけではないでしょう。


一日も早い復旧を祈りながら、
今日も、
自分でできることに懸命に取り組み、
笑顔いっぱい元気いっぱい夢いっぱい頑張りましょう!

2011年3月22日火曜日

#238 子どもたちの新学期は・・・?

















おはよがんす、まめでらしか~?
秋田は気温-0.5 ℃、南東の風、風速 4m/s、
湿度73%、気圧1016.2hPa、曇り空の週明けを迎えました。


被災地では孫と祖母が9日ぶりに救出され、
残りの行方不明者もと希望を与えてくれました。
そんな中、
小学校や中学校、高校の校舎や体育館が、
避難場所になったり遺体安置所になったりしています。
その中で、
小学生は肩もみ隊をつくったりして、
お年寄りのみなさんに喜ばれています。
また、中学生・高校生はボランティアとして、
物資の配布などに頑張っています。
中には、自分の家族の行方がわからないという子どももいます。
それでも、けなげに頑張っています。
もちろん、教職員の方々も自分の家が被災しながらも、
避難所の運営などに力を尽くしています。
しかし、このままでは、
4月の始業式や入学式は一体どうなるのでしょう。


一方、同じ東北でも、
被害のほとんどなかった秋田においても、
物流が滞っている影響で新学期に使用する教科書が届いていない状況です。
普通は、
終業式のときに新年度の教科書を配布するのですが、
今年はそれもできませんでした。
子どもたちが胸を躍らせながら、
真新しい教科書を手にできるのは、いつになるのでしょうか。


食料、燃料、医療の物資が不足している状況はかわりません。
それに加えて、
子どもたちの学習についても見通しをつけることが必要です。
このような想定できない大災害の中で、
子どもたちはそれぞれの状況をとらえながら、
懸命に頑張って生きています。
文部科学省は、
全国学力テストの延期を発表したけれども、
4月の授業開始の青写真を描いているのでしょうか。
地元の自治体では、
役所ごと移転せざるをえないところもあります。
教育委員会が機能できる状況にない市町村があります。
やはり、ここも国の出番が必要でしょう。
それなのに、
文科省からの発信が聞こえてこない。
テレビ画面いっぱいに映し出されたガレキの山に心を痛めながら、
子どもたちが必死になって生きています。
文科省が一番先に考えなければならないのは、
子どもたちの生活・学習の確保であり健全育成だと思いますが、
いかがでしょうか。




今回の震災はあまりにも大きく、
復旧にも多くの時間がかかると思いますが、
日本人は強い!
東北は頑張る!


今週は寒さが戻りそうですが、
笑顔いっぱい元気いっぱい夢いっぱい頑張りましょう!