「奥州曙光」

「奥州曙光」
【壁紙】第85回全国花火競技大会 大会提供花火

2010年9月22日水曜日

#104 突然の一人暮らし
















子どもたちが巣立った後、
夫婦二人で生活をしていたが、
一昨日、突然、連れ合いが入院した。

夜、ご飯の支度をして食べた。
「美味しい」「少ししょっぱい」などと言う人がいない。
テレビを見ていても、
顔を見合わせて頷き合う相手がいない。
天候が変わっても、
「雨が降ってきた」などと話す相手がいない。
眠くなっても、
「そろそろ寝ようか」などと語りかけることができない。
朝起きても、
「おはよう」と挨拶できない。
仕事に出かける準備をしていても、
「忘れ物は?」と声をかける人がいない。

よく、一人暮らしは気楽でいいと言う。
しかし、
天気や仕事など、家庭外のことから、
起きる、眠る、食べるなどの家庭内の生活まで、
慣れないせいもあるだろうが、
一人ではどうも味気ない。

まだ、
始まったばかりだが、
私がそうであるように、
向こうも同じだろう。
ましてや、
慣れない病室暮らし。
どんなに寂しかろう。
しかし、
そんなことはおくびにも出さず、
けなげに笑っている。

朝に夕に、
病院に顔を出す。
「どうだった?」
「眠れたか?」
「あれ、持ってきて」
何ってことのない会話だが、
それでも、
お互いに唯一の楽しみ。

それでも
  笑顔いっぱい、
    元気いっぱい、 
      夢いっぱい
        頑張りましょう!

2010年9月21日火曜日

#103 男になる
















人は男に生まれてくるのではない。
男になるのだ。



人生のところどころに
そのための試金石が置かれている。


腕白時代のそれは、
メンコや竹馬だったり、
ケンカだったり、
あるいは、
鉄橋渡りであったりする。

青年期の山登りやギター、エレキ、バイクなども、
その試金石であったに違いないと思う。

今流に考えると、
少年時代のゲーム、
青年期のラップやボードなども、
その一つではないかという気がする。

その時期には、
胸が焦がれるくらいに、
そのこと自体が夢であり目的であった。
しかし、
数十年後に振り返ると、
それは、
男になるための通過点に過ぎなかったと思う。

男の目的ではないが、
男になるための通過点ではある。
すべてを通過する必要はないが、
恋いこがれた時期は、
全てを忘れるほど取り付かれてしまう。

しかし、
気をつけなければならないことがある。
法を犯すほどに、
魔力に取り付かれてしまっては、男になれない。
法律も仕事も投げ出してしまうのを、男と言わない。

日本男児は、
そのへんのケジメをつけることができる、
かっこいい男であってほしい。

2010年9月20日月曜日

#102 秋空に紙飛行機!
















 教室の窓に並んだ子どもたちが、秋空に向け一斉に紙飛行機を飛ばす。宙に投げられた紙飛行機は、それぞれに軌跡を描く。あるものは上昇気流をとらえて高く舞い上がり、あるものは螺旋状に回りながら地上をめざす。また、あるものは途中の樹木の枝に引っかかり、あるものは互いにぶつかりあって急降下する。

 ドラマのワンシーンであれば、それもいい。しかし、現実の学校での出来事ならそうはいかない。私は今、過去に実際に起きた悲劇を思い出している。それは、たった1機の紙飛行機が、窓の外に飛ばされたことから始まった。それをきっかけに、毎日のように教室の窓の下には、たくさんの紙飛行機が舞い散るようになった。そしてそれは、学級崩壊のスタートであり、校内暴力の嵐が吹き荒れる前ぶれであった。

学習や部活動、生徒会活動など何でもいいけれども、学校生活の中に喜びや楽しさを見つけ生き生きと取り組んでいる子どもは、多少のストレスにも打ち勝つ力を持っている。しかし、現実には、学校の教育活動のどれもが嫌になるほどストレスを抱えている子どももいる。彼らは束縛を嫌い、自分勝手に振る舞うことが自由だと錯覚する。そして、自分で押さえきれないほどのストレスからの開放を願い、紙飛行機を大空に飛ばす。紙飛行機が重力に耐えかねて地上に到達するまでの、短い時間の限られた自由だと知りつつ。

 ある時、校長室の窓の外を紙飛行機が飛んだ。驚いた校長がすぐ全職員に、その紙飛行機を飛ばした子どもを連れてくるように指示した。やがて、三人の子どもが学級担任に連れられて恐る恐る校長室に入った。しかし、校長は満面の笑みを浮かべながら両手を広げて迎え入れ、まだ封を切っていない模型飛行機製作キッドを手渡してこう言った。「紙飛行機に興味があるなら、ちょうどいい。どうせなら、紙飛行機よりも、この模型飛行機を作ってきなさい。」3週間後の全校集会、この3人の子どもたちは体育館のステージから製作した模型飛行機を飛ばし、全校生徒の喝采をあびた。こうして、この3人の子どもたちのストレスが解消し、教職員の危惧も吹っ飛び、学校は教育崩壊を免れた。それにしても、何故、まるでこのようなシナリオを予測していたかのように、模型飛行機製作キッドが校長室にあったのだろうか。今も謎である。

2010年9月18日土曜日

#101 谷村新司 心の旅















CATV番組「谷村新司 心の旅」を見た。

ヒット曲「昴」
その歌詞に隠されているメッセージを見つけるため、
中国の西安、インドのデリーなどを
一人の旅人として巡る旅である。
その旅紀行や彼のナレーションの中に
気になる言葉がいくつかあった。



※「出会った人や出会った出来事に、
  意味のないものなんか一つもない」

私は今まで、
出会った人や出来事の中から、
自分にとって意味のある人とのつながりを求め、
自分にとって意味のある出来事を大切なものと、
そう考えていた。
しかし、
それは間違っていたのかも知れない。
すべての人に意味があり、
すべての出来事に意味があったのだ。
だとすれば、
過去に私が見過ごした人、
見過ごした出来事が、
たくさんあったのかも知れない。



※「旅人は、当事者になれない」

これまでの自分は、
何処を旅しても、
自分を中心に考えて、
自分の目線で旅行地を見てきた。
しかし、
そこにはそこに住む人たちが生活しており、
自分は通りすがりの旅人でしかない。
そういう視点を忘れてしまっていた。
旅人は通りすがりの人間。
所詮、当事者にはなり得ない。


※「破壊とは単に壊すことではなく、
  今までの概念を捨て新たに創り直すこと」

この言葉から私なりに、
「破壊」ということは、
これまでの自分の殻を壊して、
その殻を破り、
そこから抜け出すことなんだと言うことを教えられた。



※「祈りは、欲望なのか」

これまで私は、
純粋な気持ちで祈りを捧げてきたつもりであった。
しかし、
中国やインドの大自然の中を旅する彼が、
そこで、
多くの人々が寺院やガンジス川で祈る姿を見ながら、
もしかして祈りは欲望なのかも知れないと感じた。
大自然を前に、
人間の祈りは小さな小さな欲望に過ぎない。
そういうことなのだろうか。


心の旅を終えた谷村新司。
今までの自分を破壊し、
新たな世界に目覚めた谷村ワールドに期待したい。

2010年9月17日金曜日

#100 カンパとコンパ















大学生になったばかりの頃、
「カンパ」があったり、
「コンパ」があったりで、
どっちがどっちか紛らわしくて、
そのたびに混乱した時があった。

一方は心が少し豊かになり、
他方はお腹がいっぱいになるという違いがあるが、
どちらも、
財布からお金が出ていくことは同じであった。

卒業後、
職場の同僚に神田くんと今田くんがいた。
またまた、
「カ」と「コ」の違いに悩まされた。
神田くんと一緒にカンパに歩き、
今田くんとコンパに参加した。

あれっ、
反対だったかなぁ?

こんなに「カ」「コ」で悩むなんて、
私の過去に
どんな問題があったのだろうか?

さて、
このところの涼風で、
秋田の「タンボ」には「トンボ」が舞う。
秋の田にもようやく秋の気配。

今日も、
笑顔いっぱい
   元気いっぱい
      夢いっぱい
        頑張りましょう!
 

2010年9月15日水曜日

#99 真夏に小雪
















今日の日経新聞の20~21面。
小雪さんの実物大以上の顔がアップで掲載されている。
ライオン株式会社のCMである。
一面で5千万円のCM料金だとすれば、
二面で一億円という計算になる。
「風邪をひいても、横になっていられない」という人へ!
というコピーが記載されている。
日本人が風邪を押して仕事に励むために、
広告料一億円が消費された。
これだけ頑張ったら、
経済不況から脱出できるかも知れない。
菅総理の菅流経済対策に期待したい。

それにしても、
真夏に小雪という組み合わせが面白い。
今冬は小雪なのだろうか?
そして、
昨年の今頃に、
世界中で大騒ぎした
新型インフルエンザを思い出した。
あのウイルスは、
今、何処でどうしているんだろう?

家の棚には、
あのときに買いためたマスクが一箱、
手つかずで残っている。
あなたの家にも、
ありませんか?

2010年9月13日月曜日

#98 つぎあてのない靴下















 男の子のズボンは、誰もみな、お尻と膝のところにつぎあてがあった時代がある。野山を駆けまわり転げまわり、一番先に穴が空くのはズボンのお尻と膝小僧であった。だからと言って、おいそれと新しいズボンを買う余裕は、どこの家にもなかった。ましてや、育ち盛りの5人の兄姉がいる末っ子の私、新品のズボンを持っているわけがない。当然のように、靴下にもまた、いくつかのつぎあては当たり前であった。

 ある冬の朝、何を思ったのか、「こんな靴下なんか、イヤだ」と駄々をこねた。靴下のかがとに穴が空き、前の晩に母親が他の布をつぎあてしてくれた靴下であった。見かねた父親が、自分の履いている靴下を差し出した。それを横目に見ながら、私は裸足に長靴を履いて、雪の中、学校に走った。次の朝、私の枕元に真新しい靴下が置いてあった。それを履いて喜々として朝食の飯台に坐るとき、父親の足に昨日の私の靴下がチラッと見えた。母親も父親も何も言わなかったが、涙がとまらなかった。

親には親の言い分があるが、子どもには子どもの言い分もある。お互いに、それを真正面からぶつけ合ってばかりいたのでは心がすれ違うばかりである。反対に、お互いに、言いたいことも言えないような環境では、どちらも心が荒んでしまう。大人は大人の言い分を押し切る強さを持っているが、子どもにとっては、子どもの言い分を聞いてくれる相手が必要である。「聞いてくれない」ときの孤独感は、「理解してくれない」ときの悲壮感よりも子どもの心を惨めにする。

 何も言わない両親が行動で示してくれた親心が、我が儘いっぱいであった私の胸に、「我が儘もほどほどに」という自制心を植え付けてくれた出来事であった。諭されるよりも、怒鳴られるよりも、味噌蔵に閉じこめられるよりも、強烈なアッパーカットであった。当時の靴下一足の値段がどのくらいであったのか、その金を両親がどうやって工面したか、その日に両親がどのような話し合いをしたか、そのために私の家族が何を犠牲にしたか、私は分からない。また、今となっては、聞く術もない。しかし、この両親に育てられた私は、本当に幸せ者である。そのことだけは分かるつもりだ。それなのに、このような子どもの気持ちを察するという子育ての極意を身をもって教えられながら、私は自分の子どもの子育てにどれだけ生かすことができただろうか。また、長いこと子どもの教育という仕事に携わりながら、多くの保護者にその極意を伝える努力をどれだけしてきただろうか。自問するばかりである。