「奥州曙光」

「奥州曙光」
【壁紙】第85回全国花火競技大会 大会提供花火

2010年9月27日月曜日

#108 名刀正宗とブランドと管理職
















「正宗」、それは、日本刀の歴史を語るとき必ず名前が出てくる。武士の時代であった鎌倉末期に、後世に語り継がれる芸術性の高い名刀を作った刀鍛冶であり、「名工正宗」と呼ばれ、その刀は「名刀正宗」と称された。後の大名の誰もがこの刀を所有することを願ったため、多くの贋作が作られたらしい。それは、正宗には無銘のものが多く、確実なものが少ないからである。それというのも、正宗は自分の作刀に絶対の自信を持っており、誰にもマネができるものではなく、銘を入れる必要もないと思っていたようである。

 あなたが戦国時代の一国の主であるとしよう。ここでもし、「正宗」のような誇り高い名刀一本と安い槍100本のどちらかを選べと言われたら、あなたはどちらを選択しますか。もちろん、今、その国の経済事情や対外事情がどうなのかによると思うが、まあ、一般的な話として考えていただきたい。つまり、高価なブランド品ひとつと、生活の必需品100個のどちらかをあげると言われたら、あなたはどちらを選択しますかという問題である。とすれば、あなたの嗜好傾向や心理状態にも左右されるだろう。

翻って、学校現場である。毎日の教育活動に教師の数は何人いてもこれで十分ということはない。文科省が35人学級にして教員増などと言っているが、学校現場としてはできることならもっともっと欲しいところだ。それほど、学校に求められる課題が多種多様を極めており、保護者が学校に求める要求も多様化している。しかし、それで事足りるかというとそうではなく、やはり、イザと言うときの名刀も必要であることは間違いない。管理職が名刀で、それで十分という場合もある。しかし、いつの時代もどこの現場であっても、管理職が名刀とは言い切れない場合もあるし、贋作もある。

 自分が鍛えた刀に銘を入れないと豪語するだけの名人がいるとすれば、その刀は相手が100人でも千人万人でも、一刀両断、その人の話に引き込まれるに違いない。確かに、そのような場面が、学校現場において一年のうちに一度や二度はある。その人が饒舌だったわけでも大声で威嚇したわけでもない。それにもかかわらず、そこにいる全員が、その人の姿を目で追い続け、口から出てくる言葉に聞き入ってしまうのだ。まさに名工名刀である。それは、その人の心に自分の心が揺さぶられ、心が共鳴するからだろう。私も昔、そのようになりたいと思ったことがある。そうなることができたらと夢見たこともある。しかし、所詮、凡人の夢物語である。諦めた私は、いつも記名する。

2010年9月26日日曜日

#107 秋田は黄金色!





























気温20℃のさわやかな青空、
その高い青空に浮かぶ白い雲、
地上では、
イネが実り、
頭を垂れ、
赤いコンバインが稲刈りをしている。
この時期に
空を舞う赤とんぼの群れが、
最近、あまり見かけないのが・・・・?
わずかに、
飛んでいる。
一匹、
そして、二匹がくっついて。

収穫の秋。
この季節、
秋田は黄金色である。

2010年9月25日土曜日

#106 十八夜の月
















太平山の上に、
昇ってくる月を妻が見つけた。

病室の窓から。

雨上がりの大気は澄んでおり、
稲の刈り取りが行われた
田んぼを照らす月の光が眩しい。

今日は十八夜だが、
十分に丸く感じる。
しかし、
そのわずかな歪みが悲しそうで、
街灯と一緒に、
フレームにおさめた。

2010年9月24日金曜日

#105 夢物語
















子供を4人育て、
長男は地元秋田、
長女は北海道、
次女は京都で暮らし、
次男はオーストラリアに永住。

そして、
退職して暇をもてあます年齢になったら、
夫婦二人で四季によって生活拠点を変える。
四季移住である。

春はベースキャンプの秋田、
夏は涼しい北海道で大自然を満喫する。
秋は京都で仏像巡りを楽しみ、
冬には暖かい南半球のオーストラリアで暮らす。




・・・・・・なぁ~んて、考えたこともあったが、
      子供は二人。所詮、夢物語であった。


叶えられなかった夢を物語にしながら、
今日も
  笑顔いっぱい、
    元気いっぱい、
      夢いっぱい、
       頑張りましょう!

2010年9月22日水曜日

#104 突然の一人暮らし
















子どもたちが巣立った後、
夫婦二人で生活をしていたが、
一昨日、突然、連れ合いが入院した。

夜、ご飯の支度をして食べた。
「美味しい」「少ししょっぱい」などと言う人がいない。
テレビを見ていても、
顔を見合わせて頷き合う相手がいない。
天候が変わっても、
「雨が降ってきた」などと話す相手がいない。
眠くなっても、
「そろそろ寝ようか」などと語りかけることができない。
朝起きても、
「おはよう」と挨拶できない。
仕事に出かける準備をしていても、
「忘れ物は?」と声をかける人がいない。

よく、一人暮らしは気楽でいいと言う。
しかし、
天気や仕事など、家庭外のことから、
起きる、眠る、食べるなどの家庭内の生活まで、
慣れないせいもあるだろうが、
一人ではどうも味気ない。

まだ、
始まったばかりだが、
私がそうであるように、
向こうも同じだろう。
ましてや、
慣れない病室暮らし。
どんなに寂しかろう。
しかし、
そんなことはおくびにも出さず、
けなげに笑っている。

朝に夕に、
病院に顔を出す。
「どうだった?」
「眠れたか?」
「あれ、持ってきて」
何ってことのない会話だが、
それでも、
お互いに唯一の楽しみ。

それでも
  笑顔いっぱい、
    元気いっぱい、 
      夢いっぱい
        頑張りましょう!

2010年9月21日火曜日

#103 男になる
















人は男に生まれてくるのではない。
男になるのだ。



人生のところどころに
そのための試金石が置かれている。


腕白時代のそれは、
メンコや竹馬だったり、
ケンカだったり、
あるいは、
鉄橋渡りであったりする。

青年期の山登りやギター、エレキ、バイクなども、
その試金石であったに違いないと思う。

今流に考えると、
少年時代のゲーム、
青年期のラップやボードなども、
その一つではないかという気がする。

その時期には、
胸が焦がれるくらいに、
そのこと自体が夢であり目的であった。
しかし、
数十年後に振り返ると、
それは、
男になるための通過点に過ぎなかったと思う。

男の目的ではないが、
男になるための通過点ではある。
すべてを通過する必要はないが、
恋いこがれた時期は、
全てを忘れるほど取り付かれてしまう。

しかし、
気をつけなければならないことがある。
法を犯すほどに、
魔力に取り付かれてしまっては、男になれない。
法律も仕事も投げ出してしまうのを、男と言わない。

日本男児は、
そのへんのケジメをつけることができる、
かっこいい男であってほしい。

2010年9月20日月曜日

#102 秋空に紙飛行機!
















 教室の窓に並んだ子どもたちが、秋空に向け一斉に紙飛行機を飛ばす。宙に投げられた紙飛行機は、それぞれに軌跡を描く。あるものは上昇気流をとらえて高く舞い上がり、あるものは螺旋状に回りながら地上をめざす。また、あるものは途中の樹木の枝に引っかかり、あるものは互いにぶつかりあって急降下する。

 ドラマのワンシーンであれば、それもいい。しかし、現実の学校での出来事ならそうはいかない。私は今、過去に実際に起きた悲劇を思い出している。それは、たった1機の紙飛行機が、窓の外に飛ばされたことから始まった。それをきっかけに、毎日のように教室の窓の下には、たくさんの紙飛行機が舞い散るようになった。そしてそれは、学級崩壊のスタートであり、校内暴力の嵐が吹き荒れる前ぶれであった。

学習や部活動、生徒会活動など何でもいいけれども、学校生活の中に喜びや楽しさを見つけ生き生きと取り組んでいる子どもは、多少のストレスにも打ち勝つ力を持っている。しかし、現実には、学校の教育活動のどれもが嫌になるほどストレスを抱えている子どももいる。彼らは束縛を嫌い、自分勝手に振る舞うことが自由だと錯覚する。そして、自分で押さえきれないほどのストレスからの開放を願い、紙飛行機を大空に飛ばす。紙飛行機が重力に耐えかねて地上に到達するまでの、短い時間の限られた自由だと知りつつ。

 ある時、校長室の窓の外を紙飛行機が飛んだ。驚いた校長がすぐ全職員に、その紙飛行機を飛ばした子どもを連れてくるように指示した。やがて、三人の子どもが学級担任に連れられて恐る恐る校長室に入った。しかし、校長は満面の笑みを浮かべながら両手を広げて迎え入れ、まだ封を切っていない模型飛行機製作キッドを手渡してこう言った。「紙飛行機に興味があるなら、ちょうどいい。どうせなら、紙飛行機よりも、この模型飛行機を作ってきなさい。」3週間後の全校集会、この3人の子どもたちは体育館のステージから製作した模型飛行機を飛ばし、全校生徒の喝采をあびた。こうして、この3人の子どもたちのストレスが解消し、教職員の危惧も吹っ飛び、学校は教育崩壊を免れた。それにしても、何故、まるでこのようなシナリオを予測していたかのように、模型飛行機製作キッドが校長室にあったのだろうか。今も謎である。