「奥州曙光」

「奥州曙光」
【壁紙】第85回全国花火競技大会 大会提供花火

2010年8月18日水曜日

#83 私の先生















今日の読売新聞、16面の「私の先生」のコーナーに、
タレントの萩本欽一さんの中学生時代の記事があった。

・・・友だちに誘われ、断り切れずに、
・・・怖い担任の先生のあだ名を黒板に書いた。
・・・「誰が書いたの?」という先生の大声に、
・・・思わず立ち上がってしまった。
・・・ところが先生は、
・・・「男の子って、これぐらいの勇気がないとダメよ」と、
・・・ニコッと笑った。
・・・それから、
・・・先生への恩返しの意味で授業も頑張った。


いい話だ
いい先生だ
いい生徒だ



日本中の中学校に
      このような話
        このような先生
          このような生徒が
                  溢れてほしい!

2010年8月17日火曜日

#82 オニヤンマが・・・?
















今朝、車から降りると
すぐ目の前をオニヤンマが通り過ぎた!

そっちから
あっちに飛び去った!

でも
どこから来たのかは不明!
どこに向かうかも不明!

円高がどこまで続くか・・・不明!
経済不況がいつまで続くか・・・不明?

民主党政権がいつまで続くか・・・不明?
菅総理がどこまで続くか・・・不明?

高速道路がいつ無料化されるか・・・不明?
年金はいつまで貰えるか・・・不明?

義務教育の教科書がいつ電子化されるか・・・不明?
サンマは、今後どのくらい高値になるのか・・・不明?

世の中、わからないことだらけだ!

せめて自分のことがわからなくならないよう
気をつけようと思う!

「ここは何処・・・?」
「私は、だ~れ・・・?」
な~んてことになりたくないのだ!


そうならないよう
今日も笑顔いっぱい
         元気いっぱい
               夢いっぱい
                    頑張りましょう!

2010年8月16日月曜日

#81 冥土喫茶








サギソウ







 まだ乗ったことがないのでよくわからないが、昔から日本には、こちらとあちらを行き来する乗り物があるようだ。お盆の期間中、あなたの家でもつくったかと思うが、割り箸などで足をあつらえて、キュウリは馬になり、ナスは牛になる。完全な省エネ、エコである。この乗り物の製作はもっぱら男の仕事だが、何しろ一年に一回しかないのでなかなかうまくいかない。それでも何とか今年も、あちらから戻ってくる足の速い馬には少し長めの足を、あちらに帰るときに乗る牛にはゆっくり歩く短めの足を作った。

 13日の夕刻、玄関先で割り箸を数本燃やした。こうやって迎え火で迎えた祖先と一緒にお盆を過ごす。時には庭先で花火をしたり、境内で盆踊りを楽しむのである。西馬音内の盆踊りで亡者に扮して踊るのは、道理にかなっている。しかし今は、祖先の霊を慰めるための伝統行事が、生きている人たちの遊興になってしまっている気がする。今日16日は送り火。短い滞在を終えて祖先があちらに帰る日である。あなたの家では、牛に乗せて持ち帰っていただくお供物はどうされましたか。

 ある日の仕事帰り、友だち2人と「喫茶店で珈琲でも飲もうか」ということになった。ボックス席について間もなく、お冷を4つ持ってきた。アレッと思いながら、みんなでアイス珈琲を頼んだ。やがてアイス珈琲が運ばれてきた。なぜか、空いている席の前にもアイス珈琲があり全部で4つ。もしかして先ほど通った墓地から、誰かがついて来たのか? それからというもの、そのカフェは誰が言うともなく、少し以前に流行った「メイド喫茶」をもじって、「冥土喫茶」と呼ばれたのは言うまでもない。

 言っておくが、私にはこのように背筋が凍るような経験はない。しかし、日本には、お盆期間にわざわざお迎えし、お土産まで持たせてお見送りする習慣がある。祖先との絆を尊び、後世にまで伝えようという伝統行事である。それにしても、最近は誰に看取られるのでもなく、人知れず、あちらに旅立つ人も多いと聞く。迎え火を焚いてくれる人もなく、戻る家もない霊魂が彷徨う季節である。暑い夏、お互いに十分に気をつけながらクールな話で涼みましょう。

2010年8月15日日曜日

#80 「心」と「心づかい」、「思い」と「思いやり」
















日本広告機構のCMにこんなのがあった。

      「心」は誰にも見えませんが
      「心づかい」は見えます。

      「思い」は見えないけれども
      「思いやり」は見えます。

確かに
「心づかい」や「思いやり」は大事!

でも、本当に大事なことは、
「心」そして「思い」なんだと思う!

何故って・・・・?
いつもいつでも
「心づかい」や「思いやり」だけで生活できますか?
そのような
自分0%、相手100%が
いつまで続けられますか?

やはり、自分のことも大事にした
「心」と「思い」
それが必要だと思う!
それが
相手の「心」や「思い」と一致したら
最高だね!

しかし、
難しいんだね、これが・・・・・・・・?

それでも、
今日も
   笑顔いっぱい
         元気いっぱい
               夢いっぱい
                    頑張りましょう!

2010年8月12日木曜日

#79 暑い話?冷たい話?










千秋公園の
ハス




今年に夏は、とりわけ暑い。
今日、秋田は35度を超える予報だ。
これまでの秋田の最高気温は、
1978年(昭和53年)の38.2度が記録されている。

ちなみに昭和53年は、
1月に「暴れん坊将軍」放送開始
4月に 池袋に超高層ビル「サンシャイン60」が開館
5月に 成田空港が開港
6月に サザンオールスターズが『勝手にシンドバッド』でメジャーデビュー
8月に 巨人の王選手が後楽園球場の大洋戦で800号本塁打を達成
10月にヤクルトが球団創立29年目で初優勝
12月に大平内閣発足
というような年であった。



そんなときに、
グリーランドの氷河から
巨大な氷山が分離して漂流を始めたというニュースがあった。
大きさは、JR山手線内側の4倍という。
あまりにも巨大なため、2年間は解けないで漂流を続け大西洋にまで達するらしい。
豪華客船タイタニック号の沈没のような事故や悲劇が起こらないことを祈る。

それにしても、
これほど地球温暖化が進行していることに驚くばかりである。
省エネ、エコと言いながらも、
「自分だけやっても・・・・?」「今日だけは許して!」
とかなんとか理由を付けてエアコンの温度を下げる自分がいる。

しかし、
このところの暑さ続きで、熱中症患者が急増している。
熱中症にも気をつけながら、
いかにして地球温暖化防止にも気を配るかが難しいところである。

2010年8月11日水曜日

#78 無くて七癖










千秋公園の
ハス




やんちゃな高校時代の話
午後の授業があまり退屈だった
後ろの席からクラスメイトの後ろ姿を眺めた
暇にまかせて
一人ひとりの悪口を書き出した
   
A子は可愛いがブス
B男は真面目だがテストはいつも赤点
C江は振り付けは上手い歌が下手
D作は足が長いが足が遅い
E美は足は速いが足が短い
F彦はギャグが上手いがオヤジギャグ
G子はサッカーが得意なご老人
H夫はムダな贅肉はないがムダ話が多い
・・・

「無くて七癖」と言うけれども
本当にみんなそれぞれに長所短所があるもんだ
 
・・・・・・最後に、
      自分はというところで目が覚めた。
      目の前に担任の怖い顔があった。

2010年8月9日月曜日

#77 あなたの大切な人









千秋公園のハス




 

 勉強が第一、部活動が一番、そして、友だちが大切とあれこれ悩みながらも、真正面から真剣に向きあい、明るく懸命に取り組んでいる中学生。それでも、ふと遠くを見つめて「自分にとって大切な人は」「大切な友は」と、考え込んでいる自分に気がつくことがあるという。大人の入り口となる中学時代は、そんなことを考える時期でもあるのだろう。

  「あなたの大切な人は誰ですか。」と、あらためて聞かれると一瞬考え込んでしまう。いつも自分の味方になってくれる人。何でも言うことを聞いてくれる人。いつもそばにいてサポートしてくれる人・・・このように、自分にとって心地よい人だけが「大切な人」と思う時期がある。確かに、私たちは誕生直後から家庭という無条件の愛情に包まれて育つ。しかし、成長するにつれて可愛いだけの天使でなくなり、天使にとっても、その家庭がいつでも自分にとって心地よいだけとは限らなくなる。さらに、天使の行動範囲が広がるにつれて、いつも心地よい人だけが自分の周囲にいるという状況ではなくなってしまう。そして、やがて、「自分にとって大切な人は」と考える瞬間が訪れる。

 「私が高校に行かないと言ったとき、本気で怒ってくれた。いつも本音で接してくれるお母さん、好きです。」「お父さん、はっきり言って嫌い。たばこ吸うし、中年太りだし。でも好きだよ。家ではいつもゴロゴロしているけど、必死で仕事を頑張ってるんだから。」「どちらもおなかを痛めて産んだ、たった二人の子どもだよ。泣きながら、そう怒鳴られたとき、私たち兄弟は自分のわがままにハッとした。」「部活をやめようかなと悩んでいたとき、それで何かすることあるのとずばり言ってくれた友。ありがとう、その一言で続ける決心がついたよ。」

 中学時代は心も身体も大きく成長する時期であるが、それだけに精神的には不安定な年頃でもある。そんな中学生の「大切な人」という作文を読むと、そんな心の動きがよく現れている気がする。ただうわべの心地よさではなく、本気で怒ってくれる、本音を言いあえる、心をぶつけられる、外見でなく中身で頼れる人。そんな、心の底から信頼できる人が必要なのだろう。中学生には、大切な人をしっかりと見抜く感性がもう備わっている。だからこそ、そのような人を求めるのではなく、そのような人になってほしいと願わずにはいられない。日本中の全ての中学生がそうなったら、100歳以上の老人の所在不明が53名などというニュースが報道されることはなくなるに違いない。