「奥州曙光」

「奥州曙光」
【壁紙】第85回全国花火競技大会 大会提供花火

2010年5月27日木曜日

#28 エビネ



庭の片隅で
咲いたエビネ




花言葉は
「謙虚」




何事にも、
おごらず、ほこらず、ひかえめに、
謙虚に生きる。

これが、
秋田の県民性なのかも知れない。
これからも
この花言葉を思い出しながら、
静かに穏やかに、
争うことなく、
生きていきたい。

2010年5月25日火曜日

#27 スズラン


庭に咲いた
スズラン



Convallaria keiskei
ユリ科
スズラン属の多年草



花言葉は、「幸福の再来」「純粋」


この可憐な花を見るたびに心が洗われ、
純粋なな自分を取り戻すことができそうな気がする。
そういう気持ちになれること、
それこそが幸せ。

今、
幸せから遠ざかっている人にも、
幸せを失っていない人にも、
新たな幸福の再来をと願って咲く花。
それがスズランなのだろう!

2010年5月24日月曜日

#26 もんじゅのミスから学ぶ

 長い間、運転を停止していた福井県敦賀市の高速増殖炉「もんじゅ」が、14年5ヶ月ぶりに運転を再開した。しかし、制御棒挿入操作にミスがあって試験を一時中断した。これについて日本原子力研究開発機構は、手順書に具体的な操作法の記載がなかったことを明らかにした。操作ミスした運転員は、「微調整棒」とよばれるこの特殊な制御棒の操作訓練を受けたこともなく、実物をこの日、初めて操作したという。

 原子力機構によると、試験終了後に原子炉の出力を落とすために制御棒19本のうち2本を挿入しようとした。しかし、1本が入りきらなかった。その原因を調べたところ、制御棒を最後まで挿入するには操作ボタンを長押しする必要があるが、運転員は制御棒の全挿入操作は初めてで、長押しが必要と知らなかったらしい。

 思いおこせば、もんじゅは1995年にナトリウム漏れ・火災事故を起こして運転を停止した。だからなおさら新聞報道のように、「操作法を知らなかった」ではすまされない。「知らない者に運転させた」ことが問題で、「操作をシミュレーションする設備も無い」ことこそ大きな問題であろう。このようなお粗末と言える状態で、果たして日本の原子力発電は大丈夫なのか。安全と言えるのか。大きな疑問を禁じ得ない。

 翻って、教育現場である。今年度新しく教師となった先生方が教壇に立ってから、もう一ヶ月以上になる。「もんじゅ」の運転員と違って、教えることのシミュレーションは教育実習で経験済みである。しかし、児童・生徒との細やかなやりとりや、表情や動作から心の揺れを察する微妙な感性については、教えられて身につくものではない。やはり、学校内におけるベテランの先生方による、折に触れての短いプッシュや大きなスパンを見通した長押しが欠かせない。異常を知らせる警報が学校内に鳴り響くことのないよう、学校をあげての見守り体制が必要である。新任の先生が児童・生徒に直接指導する前に、他の教職員も含めた事前打ち合わせや学年部職員によるシミュレーションは、どれほど念入りに行われたのであろうか、心配はつきない。14年間も操作することがなかったために、細かな運転操作が引き継がれなかった「もんじゅ」。では、各校における初任者教員がゼロか数名という秋田県の現状で、長い間秋田県教育界が培ってきた不易の教育文化は、今後もきちんと引き継がれるだろうか。折しも、先週の水曜日、来年度の秋田県教員採用試験の実施要項が発表され、採用予定者数はこれまで同様72人程度であった。これまた、大きな憂いに他ならない。もんじゅのミスから学ぶ、これこそ本当の「もんじゅの知恵」と言うのではないだろうか。

#25 忘れな草



忘れな草 forget me nots

むらさき科
忘れな草属









春一番 忘れはしない 青い花
   あなたの笑顔も 忘れない  山帰来

雪に閉ざされた冬を越え、
やっと訪れた青空のもと、
ひっそりと
輝くように咲く花!

まるで、
遠い日のあのひとのように!

2010年5月21日金曜日

#24 金星探査機「あかつき」











庭の芝桜



今朝午前6時58分、
鹿児島県南種子町の種子島宇宙センターから
H2Aロケット17号機が打ち上げられた。
約27分後、
日本初の金星探査機「あかつき」を無事分離、
打ち上げは大成功であった。

半年後、
「あかつき」から送信される
金星の写真や調査データが楽しみだが、

それまで、
笑顔いっぱい、
元気いっぱい、
夢いっぱい、
頑張りましょう!

2010年5月18日火曜日

#23 ライラック


ライラック(Lilac)
モクセイ科 ハシドイ属の落葉樹
フランス語でリラ
和名はムラサキハシドイ(紫丁香花)










初夏のようなさわやかな朝。
ウオーキングの途中でで見つけました。
もう満開です。

十字架を思わせるような花弁に、
どんな苦難を背負って咲くのでしょう?
薄紫の花の色、
ラベンダーの香りに、
高貴な雰囲気を漂わせながら!

さあ今日も、
笑顔いっぱい
元気いっぱい
夢いっぱいに頑張りましょう!

2010年5月17日月曜日

#22 セピア色のおもむき

 物心がつき始めた頃、家族の人数が近所の家よりもずいぶんと多いことに気がついた。しかも、おばあちゃんが二人いると思っていたのだが、少ししてから片方のおばあちゃんは隣の家の住人であることが分かった。毎日来て居間の囲炉裏の所に座っていたので、どうも知らないうちに勘定に入れていたらしい。しかし、そのことは誰にも話していないので、私の勘違いはこのまま秘密にしておいてもらいたい。やがて、末っ子の私が小学校に入学するとき、私の上には小学生、中学生、高校生、社会人という兄姉がいた。入学式の記念写真に一番上の姉が写っているが、なぜなのかは記憶にない。しかし、私はというと、カメラ目線で笑っており、我ながら憎めない表情をしている。

 当時、朝起きて顔を洗って最初にするのが、台所で炊事をしている母親の背中に向かって、大きな声で教科書を読むことであった。「朝読み」と言われた音読である。声が小さいともう一回と言われるので、それがイヤで意味もロクにわからないままに大声を張り上げた。すぐ上の姉にならってやっていたのだが、いつの間にか私だけになっていた。姉がサボッたのか、私の声が大きいからやめてしまったかはナゾである。勘違いは秘密だが、ナゾと言うのは解決しなければならない。亡くなる前に、真相を聞こうと思う。

 ところで、理科教師になって、チイチイパッパのような授業をしていたときの話である。地球の惑星の学習では、何が何でも「日水金地火木土天海冥」を覚えてほしいと思った。最初は、順序に黒板に書いて、その上を指示棒でたたきながら大声で読んでもらった。そして、数回繰り返した後、いくつかの惑星を消した。それでも、指示棒でたたきながら一緒に読んでもらうと、だいたいはリズムに乗って読めるものである。群読の効果である。数週間続けていると、そのうち、全部消してしまっても大丈夫になる。これからが勝負で「後ろから逆に読んでみよう」というと、案の定しどろもどろである。しかし、子どもたちの能力は素晴らしい。そのうちに、それもマスターしてしまう。別に、教師の指導力が良いためではない。毎時間継続することによって、子どもが自らリズム感覚とともに習得するのである。

 さて、何年か前のことである。当時の議会答弁検討会で担当者が音読をした。答弁は内容もさることながら、それを議場で読み上げるものであり、読むリズムがある。読みやすい表現もあれば、読みにくい言い回しもある。時間をたっぷりかけた答弁検討会は懐かしいだけでなく、物事を基本から掘り下げて考え直すという大きな意味もあった。さらには、音読効果もさりげなく活用していたことに、今更ながら驚いている。しかし、今、「朝読み」をしている家が、どれだけあるだろうか。スズメの学校スタイルの覚え込む授業というのは、学校で行われることがあるだろうか。昔のスタイルがすべて悪いわけではない。誰一人としてピースサインをしていない、昔のモノクロ記念写真のセピア色も趣があるものだ。