「奥州曙光」

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2010年6月14日月曜日

#39 ドングリコ!

 子どものように昆虫採集が趣味という解剖学者の養老孟司さんと、一貫して子ども向けの作品をつくっているアニメ作家で映画監督の宮崎駿さんが対談をした。その時の話が本になった、題名が「虫眼とアニ眼」というから面白い。徳間書店から出版され、新潮社から文庫本も出ている。

 10ページほど読み進んだところで、宮崎さんがこんな話をしている。
 親から、「うちの子どもはトトロが大好きで、もう100回くらい見てます」なんて手紙が来ると、そのたびにこれはヤバイなあと、心底思うんですね。誕生日に一回見せればいいのにって。結局、子どもたちのことについて何にも考えてない。~(中略)~トトロの映画を一回見ただけだったら、ドングリでも拾いに行きたくなるけど、ずっと見続けたらドングリ拾いに行かないですよ。なんで、そこがわからないんだろうと思うんだけど。いっそビデオの箱に書きたいですね、「見るのは年に一回にしてください」って。

いつの頃からか、学校が求める子ども像と保護者が求める子どもとが、大きくかけ離れてしまった。最初に人間の出来不出来が大切で、その次に勉強であった時代は、もう昔話になったのだろうか。どちらかが歩み寄って、望ましい子どもの姿を描こうとする矢先に、また、全国学力テストが始まった。人間性でメシが食えるかという考えが暗雲のように立ちこめ、安心安全が最優先で2番目に学力という時代である。中学生が学習塾から夜9時10時に帰宅するという状況を見ると、学力が最優先の時代なのかも知れない。

 市内の子どもの中には、ドングリの実を花屋さんで買うという子どももいる。その昔、小学校で「ドングリ、ころころ、ドングリコ」を習った翌日、友だち数人とグリコのキャラメルをしゃぶりながら近くの山に出かけ、野球帽に溢れるほどドングリを採った。それに比べると、今の子どもたちが可愛そうでならない。理科大好きの子どもたちを、理科嫌いにしたてあげたのは現代社会である。それなのに、子どもたちの責任であるかのように論じている大人がいる。おかしいよ。

 上記の第2段落の中ほどにある(中略)の部分で、宮崎さんは次のような警鐘を鳴らしている。「だって、結果として、養老さんが言うところの脳化社会に、ぴったり適応するような脳みそ人間だけを育てようとしてるでしょう。」歴史は繰り返すと言うが、教育が荒廃し校内暴力が吹き荒れた時代を繰り返してはならない。だからこそ、教育行政にも教育現場にも、歴史に学ぶ智恵と新たな歴史を創る方策が求められている。

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