「奥州曙光」

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【壁紙】第85回全国花火競技大会 大会提供花火

2011年4月22日金曜日

#258 被災地の新学期!
















おはようございます。
秋田は気温8.2℃、南東の風、風速4.9m/s、
湿度 72%、気圧 1019.3hPa、曇り空の朝を迎えました。

東日本大震災によって、
小学生・中学生・高校生の学校生活もまた、
大きなダメージを受けています。

363人の死亡が確認され、
160人が行方不明で、
現在も必死の捜索が続けられています。

また、
学校の校舎が被災したため、
小学校73校、中学校37校では、
他の学校を借りて授業を再開することになっています。
しかし、
余分な教室があるわけではなく、
特別教室を仕切って教室に見立てたり、
二つの学年で一つの教室を分け合ったり、
急ごしらえの状況です。

さらに、
他県に転校した児童生徒は、
小・中・高あわせて9500人。

今週に入って、
被災地でも、
遅れていた入学式や始業式がおこなわれています。
いろいろな思いが複雑に絡みながらも、
久しぶりにあった友だちと、
笑顔いっぱいで話す姿が報道されています。

心配していた新しい教科書も
なんとか間に合ったようで、
手にとって見ながらとっても嬉しそうでした。

この子どもたちのためにも、
一日でも早い復興をと願っています。

がんばろう日本!
がんばろう東北!
がんばろう子どもたち!







さあ今日も
笑顔いっぱい元気いっぱい夢いっぱい
頑張りましょう!

2011年4月21日木曜日

#257 放射線量調査の疑問?
















おはよがんす、まめでらしか~?

秋田は気温5.5℃、南東の風、風速 3.5m/s、
湿度86%、気圧 1022.4hPa、曇り空の朝を迎えました。

さて放射線についてですが、
文部科学省から、
学校の校庭などで屋外活動する時の安全基準が示されました。
幼稚園や保育園、小学校は地面から高さ50㎝、
中学校は高さ1mの場所で計測して、
3.8マイクロシーベルト/時を越えたときは、
校庭の使用や屋外の活動を制限するものです。

文部科学省によりますと、
国際放射線防護委員会が大人も子どもも、
原発事故後には1~20ミリシーベルトの被ばくを認めているので、
年20ミリシーベルトを下回れば問題ないと判断したという。

文科省の試算では、
現時点の放射線量が変わらず、
毎日8時間は屋外に、残り16時間は木造家屋内にいたと仮定すると、
校庭での放射線量が1時間当たり3.8マイクロシーベルトの場合、
1年後の積算線量が20ミリシーベルトとなる。

この試算から、
3.8マイクロシーベルト未満の学校では、
通常通りの活動を認めることにした。
さらに、放射線量の調査は毎週行い、
2回連続で基準を下回れば制限を解除する。
また、この基準は学校の夏休みが終わる8月末までを対象期間にし、
その後に見直す。
そして、屋外活動後の手洗いやうがい、
土ぼこりが多い時は窓を閉めるといった留意点も示した。
ということだが・・・・・?


しかし、
どうしても不思議で分からないことがある。

放射線量の調査が、なぜ週一回なのか?
なぜ毎日でないのか?
なぜ毎時間でないのか?
なぜ24時間連続でないのか?
なぜ予測データを活用しないのか?

子どもたちのためにも、
そのための設置費用を惜しまないでほしい。
後から、あのときは放射線量が多かった、
などと言われても後の祭りなのに。
本当に子どもたちの安全を考えているのか、
疑問でならない。






今日も
笑顔いっぱい元気いっぱい夢いっぱい
頑張りましょう!

2011年4月20日水曜日

#256 震災対応はスピードが第一!
















おはよがんす、まめでらしか~?
秋田は気温3.4 ℃、北北東の風、風速 2.5m/s、
湿度85%、気圧 1010.9hPa、曇り空の朝を迎えました。


今回の東日本大震災では、計画停電という新語まで生まれた。
地域別にグループを決めて、
早朝から3時間ごとに停電するという手法である。
しかし、
実際に停電に踏み切ったのが午後だったことから、
東京都民の帰宅時間と重なり大混乱になった。
危機管理上、重要なのは、
一度決めたら何があってもやり切ることである。
それが崩れたなら、混乱するのは当たり前のことである。
古来、
朝令暮改は大惨事を招くもとであることを知らないはずがない。

さらに、今回の被災地への自衛隊派遣の手法であるが、
これもまた、故事に疎い方が決定したのだろうか。
戦争において最も愚かな戦法は、
相手の兵力を甘く見て自軍の兵隊を小出しにすることである。
これでは兵力投入の効果が薄く、
負け戦になりかねず極めて危険な戦法である。
戦いの必勝法はウサギを追うトラのように全力で向かうこと、
つまり一度に大軍を繰り出すことである。
そうすれば、自衛隊の投入効果は数倍上がっていただろうし、
瓦礫の中から救出される人がもっと多かったに違いない。
被害規模の想定と初動規模の判断がどうであったのか、
今更ながら口惜しい。

人間が活動するエネルギーは、
活動人数に比例し、活動速度の二乗に比例すると言う。
つまり活動人数を2倍にするとエネルギーが2倍になり、
速度を2倍にするとエネルギーは4倍になり、
3倍の速度にすると9倍のエネルギーとなる。
中学校の理科に出てきた
運動エネルギーe=mv2/2という式を思い出してもらいたい。
今回の自衛隊派遣をこの式にあてはめると、
2万人から10万人に増強する時期がもっと速かったらと思うのだが?

高度成長期に時間を惜しんで速さを求めてきた結果が、
今回の大惨事である。
そのための消費エネルギーは二乗倍にどんどん増加してきた。
燃料であるガソリンも電力もである。
そして、原子力発電に頼らざるを得なくなってしまった。
しかし、もう昔に戻ることはできない。
また、それを望むものでもない。
でも時には、時間をかけて歩くのもいい。
自転車に乗ってサイクリング気分を味わうのもいい。
時々、立ち止まって雲の行方を眺め、
道端に咲く野草を楽しむのもいいではないか。
活動速度を半分にすると、
必要なエネルギーは4分の1に減少する。
「せまい日本、そんなに急いでどこ行くの?」
という言葉が流行したこともあったに。
年齢のせいだろうか、
最近、温故知新ではないけれども故事を例に引いたり、
ゆっくり動いてみようと思うことが多くなった。
気力体力低下によるエネルギー不足のせいかも知れない。

さあ今日も、
笑顔いっぱい元気いっぱい夢いっぱい頑張りましょう!

2011年4月18日月曜日

#255 放射線拡散予報を!
















おはよがんす、まめでらしか~?

秋田は気温7.7℃、北の風、風速 3.0m/s、
湿度 53%、気圧 1010.5hPa、快晴の朝を迎えました。
このところの温かな陽気に誘われて、
やっと、庭先のレンギョウが咲きました。


ところで、
福島原発による放射線汚染が心配される中、
福島県内においても、
小・中学校の授業を再開している所もあります。
すべての学校で放射線モニタリング調査を実施し、
安全を確認した上での判断だと思われますが、
保護者や教育関係者にとっては、
「本当に大丈夫なの?」
「屋外で活動してもいいの?」
「学校の水は飲んでもいいの?」
「学校給食は大丈夫なの?」
「雨が降ったらどうしたらいいの?」
などと、心配はつきません。


ここに外の出るのに二つのドアがあって、
右のドアから出ると放射線ゼロ、
左のドアから出ると安全なレベルの放射線が少し、
だとすれば、
あなたはどちらのドアを選びますか。

ここにコップに入った水が2個あります。
右は真水、
左は安全なレベルの放射線が入っています。
あなたはどちらの水を飲みますか。

いくら「直ちに健康に影響のないレベル」だと説明されても、
結果はおのずと一つです。
まだ発育途上の子どもたちのことを思うと、
なおさら心配なのです。

鹿児島県の天気予報では、
桜島の噴火による火山灰の降灰予報もあるようです。
毎日の放射線レベルの測定結果も大事ですが、
これからの放射線拡散予報みたいなことも
真剣に考えていただきたい。
後になってから、
「あの時間帯は、少々危険でした」
などと言われても対処のしようがないのです。

2011年4月15日金曜日

#254 災害時の教師!












おはよがんす、まめでらしか~?
秋田は気温10.3 ℃、南東の風、風速 5.3m/s、
湿度62%、気圧 1009.2hPa、温かい晴れの朝を迎えました。


災害時、
教師がまず第一に気にかけるのは、
学校の子どもたちの安否です。
それは、
親が自分の子どもを心配するのと同じです。
今回の大震災の後、
教師が子どもたちの安否確認のために被災地を回ったり、
瓦礫の中を探し回り避難所にチラシを配りながら、
情報を聞き出す姿があちこちで見られました。
子どもたちに生きていてほしい、
子どもたちの元気な顔が見たい。
願いはそれだけです。


ある教員は次のように語っています。
「教師の仕事は、
 子どもと毎日触れあいながら、
 命を守り、成長を見守ること。
 今回の震災で、その重さをなおさら強く感じた。
 それを忘れず、教師を続けていきたい。」


被災地では、
学校の立地条件などによってそれぞれ状況が異なります。
子どもたちの命を守ることができた学校があります。
子どもたちを助けることができなかったケースもあります。
子どもたちを救おうとして行方不明になった教師もいます。

学校が津波に飲み込まれた学校があります。
避難所となり、
不眠不休で被災者のお世話をしている学校があります。

それぞれに辛い体験であったことは間違いありません。
しかし、もっと辛いのはこれからなのかもしれません。
救いは、
何よりもけなげに頑張っている子どもたちの姿であり、
子どもたちの笑顔です。

そして、
日本中の笑顔と世界中の善意が、
それを後押しします。

がんばろう日本!
がんばろう東北!
がんばろう子どもたち!


さあ今日も、
笑顔いっぱい元気いっぱい夢いっぱい頑張りましょう!

2011年4月14日木曜日

#253 子どもたちのかべ新聞!
















おはよがんす、まめでらしか~?
秋田は気温10.5℃、南の風、風速 3.9m/s、
湿度65%、気圧 1012.1hPa、快晴の暖かい朝を迎えました。

今回の大震災によるダメージの大きさは測り知れません。
大津波によって、都北の沿岸地帯は
街がなくなるほどの大きな被害を受けました。

しかし、
立ち直る希望はゼロではありません。

もともと三陸の沿岸地帯は、
前を流れる親潮と、
後に背負った奥羽山脈の豊かなブナ林とによる、
豊かな漁業資源に支えられてきたのです。

その親潮とブナ林は両方とも健在です。
だから、必ず復興できます。
資源あるところに人は集まり、
人の集まるところに経済が発展する。
大丈夫です。


がんばろう日本!
がんばろう東北!
がんばろう子どもたち!










避難所では、
子供たちがかべ新聞を作っていました。
救援物資などに対するお礼の言葉やみんなへのメッセージなど、
自分たちで考えて、
被災者みんなを励ますためにと、
毎日、掲示板に貼り付けていました。
希望を持ってほしい、
明るくなってほしいという願いが込められていました。

親潮のたくましさ、
ブナ林の豊かさ、
その両方が、
子どもたちの心に中に生きています。


さあ今日も、
笑顔いっぱい元気いっぱい夢いっぱい頑張りましょう!

2011年4月13日水曜日

#252 弟をひっぱってかけ出した!















おはよがんす、まめでらしか~?
秋田は気温10.3 ℃、南西の風、風速 8.4m/s、
湿度60%、気圧 1008.9hPa、
少し風が強いのですが、曇り空の温かい朝を迎えました。
アスファルトの割れ目から、
小さな春が顔を出し、花をつけていました。
仙台市の桜も咲いたというニュースがありましたし、
もうすぐ、
東北にも春が来るようです。


さて、
昨日の続きですが、
もう一人の子どもの作文を紹介しましょう。


************************

僕は寝ていた。
ガタガタと家が動く音に目をさまして、あたりを見た。
真暗なので、なにも見えない。
いつもの地震では電灯は消えないのに、と思いました。
僕は、なにか恐ろしいことが起るのではないかと思って、
はね起きて服を着た。

またガタガタと家が動く。ますます恐ろしくなった。
一番上の兄さんが、
寝巻を着たまま神棚にあるローソクに火をつけて持ってきた。
あたりが、急に明るくなった。
兄さんは「こら、皆起きて服を着ろ」と言った。
弟と兄さんもはね起きて、服を着た。
「そのまま床に入ってろ」と、兄さんは表へ出て行った。
まだ地震はやまない。
僕たちが床に入っていると、あわただしく戻ってきて、
「津波だ、山さ逃げろ」と言った。
僕たちは服を着ていたので、
床から起きるとすぐ靴をはいて表に出た。
まさか津波が、と思いながら走った。
橋の所に来ると、人がたくさんいた。
横を向くと兄さんが見えない。
それでも、弟をひっぱってかけ出した。
里の方で「助けてくれ、助けてくれ」という声が聞こえた。

(中略)

坊主山のてっぺんでたき火にあたりに行くと、
弟も兄さんも来た。
誰も死なないので安心した。

(中略)

「お前たちはよく助かったなあ」と言って、
父は涙をためていた。
父は、背中から餅をたくさん出してくれた。
食べながら津波の話を父に教えた。
父は、涙をためて聞いていた。

***********************


東北の沿岸部の地域の人たちは、
このような大きな津波を、
明治29年の大津波、
昭和8年の大津波、
そして、
昭和35年のチリ地震津波と
3回経験したことが記録に残っている。
そのたびに、
壊滅的な被害を受けながら、逞しく復興してきた。



がんばろう日本!
がんばろう東北!
がんばろう子どもたち!


今日も
笑顔いっぱい元気いっぱい夢いっぱい頑張りましょう!